オリックス・バッファローズ
東山玲士さん

各界で活躍する同志社大学の卒業生が学生時代の思い出やエピソードなどを語る連載企画「私が学生だったころ」。第15回では、2024年のドラフト5位でオリックス・バファローズに入団した硬式野球部出身の東山玲士さんにお話しをお伺いしました。ルーキーイヤーとなる2025年は、オープン戦で好投を見せたが、肘を負傷。トミー・ジョン手術を選択し、現在はリハビリに努めている。投げられない時間をどう受け止め、何を掴もうとしているのか。同志社での学びと野球の思い出とともに話してくれました。

<東山玲士(ひがしやま・れいじ)>
香川県坂出市出身、同志社大学心理学部2023年卒。硬式野球部では力強い直球とチェンジアップを武器に活躍し、リーグ戦優勝争いに貢献。3年時にはベストナイン、日本代表候補合宿にも選出された。卒業後はENEOSを経て2024年ドラフト5位でオリックス・バファローズに入団。同志社出身では小林誠司選手(巨人)以来、約11年ぶりのプロ野球選手となった。

─ 香川・丸亀高校から同志社大学へ進学した理由は?

名門校で野球に集中したいと考えた時に同志社がベストだと思って進学しました。当時はリーグ戦で春秋連覇もしていましたし、関西の大学ではトップだと僕は思っていました。勉強は得意じゃないんですけど、「文武両道」でスポーツだけにはならないようにと思っていました。野球だけではなく、将来の選択肢も広げられる環境があると感じたのも大きいですね。実際、4年間野球にすごく打ち込むことができたので、同志社に進学してよかったと思います。

─ 同志社大学では心理学部でしたが、その学びは今に活きていますか?

すごく面白そうでしたし、野球に活かせる部分があると思って心理学部心理学科を選びました。副交感神経を優位にする呼吸法など、大学で学んだことは、今もブルペンでのルーティンにしています。

大学時代から心理学部で学んだことを取り入れて、リーグ戦でも結果が出るようになりました。自分は緊張しやすいタイプなので、それをコントロールできるようになったのは大きいです。リハビリ中もメンタルを保つ意味で活きていると思いますね。

─ 硬式野球部での思い出や転機になったことはありますか?

3年生の時に監督が花野監督に代わり、その出会いが僕の一番の転機ですね。最初、監督からは、「投げ方を変えないと通用しない」と言われました。正直、言われた時は反発もありましたけど、Cチームに落ちて、毎日200球近く投げていました。でも、監督は野手の練習を見ていたとしても、毎回ブルペンまで見にくるんです。
1カ月弱ぐらい経った時にヘロヘロになりながら投げていたら、130球を超えたくらいで急に球がスパーンって走り出して、なんやこれとなりました。そこから投げ方のコツを掴んだというか、急に球が走る感覚を掴んだんです。ストレートが良くなって、チェンジアップも武器になりました。
あの頃はフォームを変えるというのが全然うまくいかなくて、球がいかない日も多かったんですけど、毎日投げ続ける中で少しずつ感覚が掴めてきました。最初は監督に言われて始めたことなので、嫌々だった部分もありましたが、結果的にあの投げ込みが自分のピッチングの土台になっています。大学時代のあの経験がなければ、今の自分はないと思います。

─ プロ野球を強く意識したのは?

プロ野球を意識したのは、大学3年生の時の日本代表候補合宿です。周りの選手がみんな「プロに行く」と言い切っていて、自分はそこまで覚悟がなかった。そこで初めて、本気で目指さないといけないと感じました。社会人に入ってからは、1球の重みや投球術を学びました。力だけでは通用しない世界だと教えてもらいました。

支配下登録復帰に向けてのリハビリ中にも関わらず、丁寧にインタビューに答えてくれた東山投手。

─ 現在のリハビリの状況は?

昨年の12月に一度、張り感が出てノースローになった時期もありましたが、今年に入ってからは順調に進められています。

─ トミー・ジョン 手術直後の心境は?

トミー・ジョン手術の直後は、肘がほとんど動かなくて、本当にまた投げられるのか想像もできませんでした。器具を外しても少ししか動かないし、痛みもありました。投げることが仕事なのに、それができないというのはすごくもどかしかったです。
時間もあったので、怪我していなかったらどうなっていたかな、とかマイナスに考えてしまうこともありました。1日1日が本当に長かったです。

トミー・ジョン手術/投手に多い肘の靱帯損傷を治す手術。傷んだ靱帯を別の腱で作り直す治療法で、競技復帰までには通常1年前後のリハビリが必要とされる。

─ 保存療法という選択肢もあった?

断裂まではいっていなかったので、最初は保存療法で様子を見ることになりました。1カ月ちょっとくらいノースロー調整だったのですが、自分的には保存療法がちょっときつく感じたので、手術した方がいいかなと考えるようになり、一度しっかり治して長くやりたいと思いました。2、3年後にまた同じ怪我をするくらいなら、今手術をして、10年続けたい。そう考えて手術を決断しました。

保存療法/手術を行わず、安静やリハビリ、投球制限などで回復を目指す治療法。症状が比較的軽い場合に選ばれることが多いが、投手の場合は将来を見据えて手術を選択するケースもある。

─ フォームの見直しにも取り組んでいるそうですね。

もともと上半身や腕に負担がかかりやすいフォームだったと思います。去年のオープン戦は自分でもびっくりするくらい状態も良かった。でも調子が良い分、120%の力が出てしまって、それに身体が耐えられなかったのかもしれません。だから今は胸郭を使って、肘に頼らない投げ方を模索しています。80%の感覚で投げながら、前の100%以上を出せる身体にするのが目標です。

─ 球団やチームメイトからの支えは?

球団からは焦らずにしっかり治してほしいと言ってもらっています。育成契約になる覚悟も持っていましたし、その上でやるべきことははっきりしています。もちろん、チームメイトが公式戦で活躍しているのを見ると焦りはあります。でも、今は課題が明確なので、そこに取り組んでいこうという気持ちの方が強いです。

同じ手術をしたチームメイトの宇田川優希さんたちと「トミー・ジョン会」という集まりをやっていて、情報共有もしています。みんな自分より先にトミー・ジョン手術を経験しているので、すごく参考になります。昨年の12月に一度痛みが出たんです。その時、宇田川さんに紹介してもらったトレーナーさんのところにも通うようになって、身体の使い方を見直しています。

─ 今後の目標は?

まずは試合で投げることが大前提です。その上で、現在は育成契約なので、支配下登録を勝ち取る。そして1球でも多く、1年でも長く現役を続けたいです。

─ 同志社の卒業生や後輩にメッセージをお願いします。

自分が活躍することで、同志社大学からプロに行けるという道を広げたいです。みなさんの身近な存在になれたらうれしいです。
しっかりと頑張りますので、同志社の卒業生のみなさん、応援よろしくお願いします。